三島江(みしまえ)
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三島江 レンゲの里
2012年4月30日(月)まで、三島江地区の田んぼで一般公開されています。
見頃は4月中旬頃だったようで、少し盛りは過ぎていましたが(4月25日時点で)、まだまだ春を満喫できますよ。
入場は無料ですので、お弁当持参でぶらっと出かけてみては如何でしょうか。







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江戸時代後期頃にたてられたとみられ、当時のものとしては市内で現存する唯一の高札場です。高札場とは、幕府や高槻藩の法度、定書などを庶民に知らせた「公報板」です。

かつては村々の主要なところに設けられ、文化4年(1807)編集の「山崎通分間延絵図」にも、西国街道沿いの市域で九箇所が記載されています。

しかし、年月の経過とともに姿を消し、この高札場はかつての形式をとどめる貴重な遺構として、昭和51年6月に市の史跡に指定されました。

高札場の左下の標石は、高槻城下六口(芥川口、京口、前島口、大塚口、大坂口、富田口)の一つである大坂口に設置されていたもので、右面に「左 高つき 京みち」、左面には「右 大坂」と刻まれています。石材は花崗岩で、裏面に矢穴痕がみられることから、高槻城の石垣石を転用したものと考えられます。
【2007年2月に訪問した際の記事】
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成合の山間部に散在する30数本のトンネル群は、高槻地下倉庫「タ・チ・ソ」の暗号で呼ばれ、崩壊が続いていますが今なお当時の面影を残し、戦争の愚かさと悲惨さを語りかけています。

米軍戦略爆撃調査団の報告書には「このトンネル群は当初陸軍の主要な貯蔵庫の一つとして1944年11月に政府の手で工事が開始されたのだが、1945年2月になって、川崎航空機工場として使用することが決定された」と記されています。

今回、私が訪れたのは2号トンネル群と呼ばれるところで、上記の記念碑の場所から桧尾川に沿って北上すると「高槻砕石株式会社」に突き当たります。

「高槻砕石株式会社」の看板を通り過ぎ、左カーブを曲がったすぐ左手に小さな橋があり、それを渡ります。

橋を渡ったすぐ左手の川沿いの小道を進みます。


しばらく進むと小川に突き当り、対岸には「この付近の山中には危険な場所がありますので、むやみに立ち入らないでください」と書かれた看板があります。ここが「タチソ」の入口です。

1号トンネル群には川崎航空機工場として使用すべく16本のトンネルが掘られてゆき、旋盤などの機械類が部分的に搬入されましたが、完工を見ぬまま敗戦を迎えました。

今回私が訪れた2号トンネル群は第2工場として工事が途中まで進んでいた地区で、坑は北の谷から4本、南の谷から6本、南北に貫通しているのが1本あります。1号トンネル群と同様に碁盤目状の地下施設を作ろうとして掘り進めていたそうです。

このトンネル工事には、周辺の地元民や大阪高医、北野中学、関西工業学校などの動員学生のほかに、最も危険で苛酷なトンネル開削の分野については、強制連行その他の手段で集められた3500人ともそれをはるかかに超えるともいわれる朝鮮人労働者が投入され、多くの死傷者が出たともいわれています。


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尸陀寺は室町時代中期の禅僧で、「一休咄」でも知られる一休禅師が開創したと草庵(尸陀寺)跡と伝えられています。

一休が当地を訪れたのは、嘉吉2年(1442)49歳の時といわれ、「東海一休和尚年譜」には「師初めて譲羽山に入る。民家を借りて住す。山居の偈あり。後、尸陀寺を創して徒る」と書かれています。

石碑は昭和37年に地元自治会の手によって建立されたもので、寺はこの碑の東方200mにあったとされています。



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教行寺境内には蓮如上人が愛でたと云われる「御愛樹築山紅梅」があります。

またこの紅梅の隣には、信心熱い大阪屋仁兵衛が嘉永4年(1843)に建てた上人ゆかりの「築山紅梅の碑」もあります。
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教行寺は安静山と号して真宗大谷派に属し、ご本尊は阿弥陀如来です。

寺伝によると文明8年(1476)頃、室町幕府の管領細川勝元から与えられた土地に、本願寺第八代蓮如が創建したと伝わっており、「富田道場」と呼ばれ、一向宗(浄土真宗)の北摂の布教拠点として隆盛を極めました。

蓮如上人がこの寺で、親鸞が著した浄土真宗の立教開宗および教義に関する根本聖典の『顕浄土真実教行証文類』(『教行信証』)を書き写したことから、後になり教行寺と称するようになったと云われています。

地元、富田の漢詩人である坂田十松が富田の風景10箇所を詠んだ「富田十勝詩」のうち、この寺にある築山紅梅の詩が石碑となり建っています。

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京都・万福寺の開山や慶瑞寺の再興に尽力した龍渓に、自筆の勅書を与えるなど厚い信頼をおいた後水尾法皇。

禅法を受けた龍渓の居所であるこの地に法皇の歯や仏舎利を納めた聖歯塔があります。
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