カテゴリー「摂津国八十八ヶ所」の投稿

摂津国八十八ヶ所 第三十番札所 松園山 竹林寺

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竹林寺は松園山と号し浄土宗の寺院で、ご本尊は阿弥陀如来です。
現在は大阪市天王寺区勝山にありますが、もとは難波にありました。大坂夏の陣後、法善寺とともに千日回向を行い、死者の供養に努めました。これが現在の「千日前」という地名の由来とされています。
2008年(平成20年)12月、四天王寺の東隣にあたる現在地へ移転しました。

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摂津国八十八ヶ所 第三十七番札所 霊峰山 如願寺

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如願寺は霊峰山と号し真言宗御室派の寺院で、ご本尊は聖観世音菩薩です。
大阪市平野区喜連にある如願寺は、古くは「喜連寺」と呼ばれ、聖徳太子が仏法興隆の地として創建したと伝えられています。その後衰退しましたが、弘仁11年(820年)に弘法大師・空海が諸堂を再建し、「如願寺」と改称。不動明王や毘沙門天を安置し、寺院として再興しました。
大永年間の兵火や震災で堂宇は焼失しましたが、現在の本堂は享保年間(1716~1736年)に再建されたものです。境内には本堂をはじめ、弥勒殿や一願喜連不動、地蔵菩薩などが祀られ、多くの参拝者の信仰を集めています。
また、本尊の木造彩色聖観音立像(大阪府指定有形文化財)は平安時代前期の貴重な仏像で、毎年8月9日・10日に特別開帳されます。さらに、江戸時代初期に書写された真言密教の「密教儀軌」123冊も大阪市指定有形文化財となっており、現在も星供の法要に受け継がれています。長い歴史と文化財を今に伝える、由緒ある古刹です。

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摂津国八十八ヶ所 第二十一番札所 高津山 報恩院

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【摂津国八十八ヶ所 第二十一番札所 高津山 報恩院】
報恩院は高津山と号し真言宗醍醐派の寺院で、ご本尊は不動明王です。
大阪市中央区・高津宮の参道入口正面に位置する、真言宗醍醐派の寺院です。
寛文年間(1661~1673年)に良遍上人が創建し、現世利益にご利益があるとされる「北向不動明王」を祀ったことに始まると伝えられています。
境内には、創建当時に植えられたとされる「相生の樟(あいおいのくす)」があり、古くから商売繁盛や家内安全を願う多くの参拝者で賑わいました。明治時代の廃仏毀釈によって一時荒廃しましたが、第12世・孝教和上によって再興。さらに1945年の第1回大阪大空襲で堂宇の大半を焼失したものの、住職や檀信徒の尽力により復興を遂げ、現在の姿へと再建されました。
今回の参拝では、歴史ある北向不動尊を祀る報恩院を改めて訪れることができましたが、実は以前にもおおさか十三仏霊場巡礼で一度お参りしたことがあり、今回の再訪でその歴史と信仰の深さを改めて感じることができました。

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摂津国八十八ヶ所 第二十番札所 廣光山 自性院

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自性院は廣光山と号し高野山真言宗の寺院で、ご本尊は聖観世音菩薩札です。
開山は権大僧都俊栄と伝えられていますが、戦災によって寺の古文書の多くが焼失したため、創建年代など詳しい歴史は明らかになっていません。かつては高津宮(高津神社)の前に寺院があり、豊臣秀吉の側室・淀殿(淀君)の居城であった淀城の門が山門として移築されていたという言い伝えも残されています。
しかし、1953年(昭和28年)に高津神社前の公園整備を伴う都市計画が進められたことから、現在の天王寺区東高津町へ移転しました。
現在も子どもの夜泣きや癇癪(かんしゃく)、疳の虫に悩む家族が祈願に訪れ、「疳の虫封じ」の祈祷寺として親しまれています。また、本堂の右脇には金毘羅宮が祀られており、地域の人々から厚い信仰を集めています。
都心にありながら静かな佇まいを見せる自性院は、歴史の面影と人々の願いを今に伝える、地域に根付いた寺院です。摂津国八十八ヶ所霊場巡りの際にも、ぜひ立ち寄りたい一寺といえるでしょう。

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新西国三十三所 第十三番札所 / 摂津国八十八ヶ所 第六十八番札所 神秀山 満願寺(まんがんじ)

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満願寺は神秀山と号し高野山真言宗の寺院で、札所本尊は千手観音です。
奈良時代に聖武天皇の勅願によって勝道上人が創建したと伝わる歴史ある寺院です。山号の「神秀山」は、スサノオノミコトが最初に地上へ降り立った場所という伝承に由来しています。
平安時代には源満仲の帰依を受け、源氏一門の祈願所として栄えました。さらに後醍醐天皇や足利将軍家からも厚く信仰され、最盛期には49もの子院を抱える大寺院となりましたが、戦国時代の兵火によって衰退しました。
江戸時代以降も多くの子院が存在していましたが、明治時代の神仏分離により多田院は多田神社となり、その際に山門や仁王像が満願寺へ移されました。現在は塔頭の円覚院が本坊となり、歴史を今に伝えています。
境内には、明治時代に再建された特徴的な仁王門があり、移築された金剛力士像とともに見どころとなっています。

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摂津国八十八ヶ所 第二十二番札所 密印山 持明院

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持明院は密印山と号し、真言宗御室派の寺院で、ご本尊は大日如来です。
応永年間の戦乱で古い記録が失われてしまい、創建の詳しい時期はわかっていません。
その後、慶長2年(1597年)に宥楽によって再興され、さらに宝暦5年(1755年)には覚苑が檀家と協力して再建されました。
このお寺は、かつて田能村竹田や浦上玉堂が滞在した宿坊としても知られ、多くの名画が所蔵されていましたが、残念ながら戦災で失われてしまいました。
また、仁和寺宮から寄進された金毘羅権現を祀り、「大坂三金毘羅」の一つとして信仰を集めていた歴史があります。今でも境内の石燈籠には「金毘羅大権現」の名が刻まれており、その名残を感じることができます。

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摂津国八十八ヶ所 第十九番札所 如意山 藤次寺

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藤次寺は如意山と号し、高野山真言宗の寺院で、ご本尊は如意宝珠融通尊です。
弘仁年間(810〜824年)、藤原冬嗣の願いにより建立され、藤原家の祈願寺として発展。明治初期に地蔵院を合併し、現在の寺名となりました。慶長年間には加藤清正の支援で伽藍が整備され、「融通さん」として広く信仰を集めます。
しかし1945年の戦災で焼失し、現在の堂宇は1960年に再建。境内には「融通さんまいり」の石碑や、作家・山崎豊子の墓所があります。

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摂津国八十八ヶ所 第三十八番札所 王舎山 長寶寺

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長寶寺は王舎山と号し、高野山真言宗に属する寺院で、ご本尊は十一面観音菩薩です。
大同年間(806〜810年)の創建と伝わる古刹です。寺伝によれば、坂上田村麻呂の娘・坂上春子(慈心大姉)が開山。桓武天皇の崩御後、弘法大師空海に帰依して出家し、慈心尼と称しました。寺は父・坂上田村麻呂によって建立されたと伝えられています。
南北朝時代には、後醍醐天皇が吉野へ向かう途中に当寺を仮の皇居とし、その際に「王舎山」の山号が下賜されました。また、笠置城落城の折には戦死者の妻女61人が当寺で出家したと伝えられています。
その後、元弘の乱や建武の争乱、大坂夏の陣など度重なる兵火で伽藍は焼失。現在の本堂・庫裡は天保年間(1830〜1844年)に再建されたものです。なお、住職は代々坂上家の女性が務めるという、由緒ある尼寺でもあります。

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摂津国八十八ヶ所 第三十九番札所 野中山 全興寺

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全興寺は野中山と号し、高野山真言宗に属する寺院で、ご本尊は薬師瑠璃光如来です。
大阪市平野区にある全興寺は、約1400年前に聖徳太子が薬師堂を建立したのが始まりと伝わる古刹で、「平野発祥の地」とも言われています。かつて周囲は広い野原で堂が一つだけ建っていたことから「野堂」と呼ばれ、これが山号「野中山」の由来になりました。
本堂は大阪夏の陣で一部焼失後、1660年に再建された大阪でも古い木造建築の一つ。本尊は平安時代中期の作とされ、「蛸薬師」として親しまれています。境内には、真田幸村にまつわる「首の地蔵尊」など戦国の逸話も残り、杭全神社の奥之院としても信仰を集めてきました。
私は以前、おおさか十三仏霊場巡礼で参拝したことがあり、今回は摂津国八十八ヶ所巡礼で再訪。長い歴史を感じられる、見どころの多いお寺です。

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摂津国八十八ヶ所 第二十三番札所 吉祥山 青蓮寺

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青蓮寺は吉祥山と号し、高野山真言宗に属する寺院で、ご本尊は大日如来です。
おおさか十三仏霊場を巡礼した際に初めてお参りし、今回はそれ以来二度目の訪問となりました。
青蓮寺の開創は古く、伝承によると聖徳太子の時代にまでさかのぼるといわれています。
もとは大阪・鴫野の志宜山(法案寺)にあった寺院を起源とし、のちに現在の地へ移されたと伝わります。
戦国時代には大坂城築城の影響を受け、さらに明治の廃仏毀釈や昭和の大阪大空襲など、幾多の困難を経てきました。
そして戦後に再建され、今に受け継がれているのが現在の青蓮寺です。
長い歳月の中で何度も立ち上がってきたこの寺には、
「青蓮(しょうれん)=泥中に咲く清らかな蓮」という名にふさわしい、力強い生命の輝きを感じます。

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