カテゴリー「大阪市のええとこ」の投稿

宝林山 普賢院 寂光寺

01img_8413

寂光寺は宝林山と号し日蓮宗の尼寺で、別名を江口君堂(えぐちのきみどう)といいます。
平資盛の娘で平家没落後江口で遊女になり、その後出家したといわれる光相比丘尼が元久2年(1205年)に開基したといわれるお寺です。
訪問した際はご住職がご不在であった為、御朱印が貰えるのか貰えないのかは不明です。

02img_8420

03img_8421

04img_8422

05img_8423

06img_8417

07img_8418

08img_8419

09img_8424

10img_8425

11img_8427

12img_8428

13img_8430

14img_8431

15img_8434

16img_8429

| | コメント (0)

城北菖蒲園

01img_8002

大阪市旭区の城北公園内にある城北菖蒲園へ行って来ました。
昭和39年5月に開園した回遊式の菖蒲園で、面積約13,000平方メートルの敷地に、江戸系・肥後系・伊勢系の三系統の「花菖蒲」約250品種、約13,000株が栽培されていて、ちょうど今が見頃です。
6月15日(水)まで開園しており、入園料200円で開園期間最後の土日(6/4,5)は開園時間が午前8時から午後6時まで延長されています。

02img_8003

03img_8006

04img_8011

05img_8014

06img_8015

07img_8016

08img_8019

09img_8020_20220604125301

10img_8021

11img_8023

12img_8026

13img_8027

14img_8028

15img_8032

16img_8036

17img_8038

18img_8040

19img_8043

20img_8045

21img_8048

22img_8050 23img_8051

24img_8064

25img_8070

26img_8071

27img_8074

28img_8080

29img_8081

30img_8088

31img_8089

32img_8090

33img_8094

34img_8096

35img_8100

36img_8106

37img_8107

38img_8109

| | コメント (0)

摂津之国 國分寺(せっつのくに こくぶんじ)

01img_7494

國分寺は護国山と号し真言宗国分寺派の寺院で、ご本尊は薬師如来です。
寺伝によれは斉明天皇の頃、日本法相宗の祖・道昭が孝徳天皇の菩提を弔うために建てた長柄寺を起源とし、天平13年(741年)、聖武天皇の国分寺創建の発願により、長柄寺が摂津国の国分寺になったと云われています。
摂津国八十八箇所 第9番、近畿三十六不動尊霊場 第7番、西国薬師四十九霊場 第17番、おおさか十三仏霊場 第9番の札所です。

02img_7495

03img_7496

04img_7497

05img_7502

06img_7499

07img_7500

08img_7501

09img_7505

10img_7506

11img_7508

12img_7509

13img_7512

14img_7514

15img_7516

16img_7517

17img_7518

18img_7519

19img_7522

20img_7520

21img_7521

22_20220319162701

| | コメント (0)

松山神社(小松天満宮)

01img_7166

松山神社のご祭神は、菅原道真公です。
社伝によると、菅原道真が延喜元年(901年)大宰府に配流された時、淀川を下ってこの地に到着し、数千株の生い茂る小松に感動し「小松の詩」を吟じられ、直筆の御真像を里人に与えました。後に神祠を建て村を小松村と呼び、氏神として崇めたのが始まりとわれ、元は小松天満宮と称されましたが、明治4年に松山神社と改称されました。
阪急電鉄では、沿線の服部天神宮・松山神社・長岡天満宮の三社への合格祈願を「三天神めぐり」としてPRしています。

02img_7167

03img_7169

04img_7170

05img_7173

06img_7174

07img_7175

08img_7176

09img_7177

10img_7178

11img_7180

12img_7181

13img_7182

14img_7183

15img_7184 16img_7187

17img_7189

18img_7193

19img_7199

20img_7201

21img_7205

22img_7216

23img_7208

24img_7213

25img_7224

26img_7225

27img_7194 28img_7195

29img_7222

30img_7223

31_20220117125501

| | コメント (0)

郷社 土佐稲荷神社(とさいなりじんじゃ)

01img_4782

土佐稲荷神社のご祭神は、宇賀御魂大神です。
創建の由緒は不詳ですが、長堀川畔の土佐藩蔵屋敷に古くから鎮座していました。享保2年(1717年)、藩主山内豊隆が社殿を造営して蔵屋敷の鎮守社とし、一般の参拝を許しました。それ以来、山内氏は参勤交代で大坂を通る際には必ず参拝し、社殿の修繕は藩費で行われたそうです。
明治初年、社殿は土佐藩蔵屋敷とともに岩崎弥太郎に譲り渡されました。岩崎弥太郎は当地で事業を営み、三菱財閥の発祥の地となり、それ以来現在まで三菱グループの守護神となっています。ご朱印は、コロナウイルス感染拡大防止の為、ご朱印帳へは書いていただけなかったのですが、書置きを頂く事ができました。

02img_4784

03img_4785

04img_4788

05img_4789

06img_4790

07img_4791

08img_4792

09img_4794

10img_4795

11img_4796

12img_4797

13img_4799

14img_4802

15img_4803

16img_4808

17img_4805

18img_4806

19img_4810

20img_4809

21_20201028122601

| | コメント (0)

凌雲山 崇禅寺(そうぜんじ)

01img_0669

崇禅寺は凌雲山と号し曹洞宗に属し、ご本尊は釈迦如来です。
寺伝によると、奈良時代の天平年間(724~748年)に法相宗の行基によって創建されました。
摂津守護細川持賢より大伽藍と寺領の寄進をうけ、足利義教公ならびに細川家の菩堤寺として再興されましたが、
文明15年(1483年)戦火によって焼失し、その後慶安年間になってようやく再建されましたが、それも昭和20年(1945年)
6月7日の大阪大空襲によりことごとく焼失しました。
現在の伽藍は平成元年(1989年)に再建がなった鉄筋コンクリート造りのものです。
境内には、足利義教公の首塚や細川ガラシヤ夫人の墓、正徳5年(1715年)11月4日に境内でだまし討ちとなった遠城兄弟の墓
などがあります。

02img_0670

03img_0671

04img_0673

05img_0674

06img_0675

07img_0676

08img_0678

09img_0679

10img_0681

11img_0683

12img_0684

13img_0691

14img_0685

15img_0686

16img_0690

17img_0689

18img_0688

19img_0695

20img_0700

21img_0697

22img_0698

23cci20190215_00000

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)