らーめん熊五郎の五目焼きそば定食
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今日は家内と比叡山 延暦寺に行って来ました(^o^)/木陰に入るとさらっとしていて下界よりは涼しく過ごせました(^o^)/
昼ご飯は、比叡山峰道レストランで精進料理風の冷し蕎麦のセットを頂きました。見た目よりはボリューム満点、美味しく頂きました(^o^)/
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延暦寺(えんりゃくじ)は、滋賀県大津市坂本本町にあり、標高848mの比叡山全域を境内とする寺院です。平安時代初期の僧侶最澄(767年 - 822年)により開かれた日本天台宗の本山寺院でもあります。
【東塔地区】
延暦寺発祥の地であり、本堂にあたる根本中堂を中心とする区域
【大講堂(重要文化財)】
寛永11年(1634年)の建築で、もとは東麓・坂本の東照宮の讃仏堂であったものを1964年に移築しました。重要文化財だった旧大講堂は1956年に火災で焼失しています。本尊は大日如来で、本尊の両脇には向かって左から日蓮、道元、栄西、円珍、法然、親鸞、良忍、真盛、一遍の像が安置されています。
【根本中堂(国宝)】
最澄が建立した一乗止観院の後身です。現在の建物は織田信長焼き討ちの後、寛永19年(1642年)に徳川家光によって再建されたものです。1954年(昭和28年)に国宝に指定されました。入母屋造で幅37.6メートル、奥行23.9メートル、屋根高24.2メートルの大建築で、土間の内陣は外陣より床が3メートルも低い、独特の構造になっています。
【文殊楼】
寛文8年(1668年)の火災後に再建されました。二階建ての門で、階上に文殊菩薩が安置されています。根本中堂の真東に位置し、他の寺院における山門にあたります。
【西塔地区】
【常行堂・法華堂(重文)】
2棟の全く同形の堂が左右に並んでおり、向かって右が普賢菩薩を本尊とする法華堂、左が阿弥陀如来を本尊とする常行堂で、文禄4年(1595年)の建築です。2つの堂の間に渡り廊下を配した全体の形が天秤棒に似ているところから「担い堂」ともいわれます。
【転法輪堂(重文)】
西塔の中心堂宇で、釈迦堂ともいわれます。信長による焼き討ちの後、文禄4年(1595年)、当時の園城寺弥勒堂(金堂に相当し、南北朝時代の1347年の建立)を豊臣秀吉が無理やり移築させたものです。現存する延暦寺の建築では最古のもので、本尊は釈迦如来立像(重文)です。
【横川地区】
西塔から北へ4キロほどのところにあり嘉祥3年(850年)、慈覚大師円仁が建立した首楞厳院(しゅりょうごんいん)が発祥です。
【横川中堂】
新西国三十三箇所観音霊場第18番札所。旧堂は1942年、落雷で焼失し、現在の堂は1971年に鉄筋コンクリート造で再建されたもので、本尊は聖観音立像(重文)です。
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修理に一週間程かかるとの事だったのですが、先程修理品が戻って来ました(^o^)/
修理内容は、製品を検証診断した結果、iPhone本体の交換が必要であることを確認いたしましたので、交換品をお送りさせていただきますとの事。
新品になって帰って来ました(^o^)/
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ただいま丹後から帰ってきました(^o^)/親戚4家族が集まってわいわいBBQ、飲んで喋って楽しいひと時てした(^o^)/
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iPhone5を修理に出している為、ピンチヒッターで使用中のiPhone4君。
機種変更後、二年間基本料金無料の契約で残しておいたのが正解でした(^o^)/
でも、非常用なのでデータ通信定額プランには未加入です。なので当然モバイルデータ通信はオフに設定しています。明日は家内の実家のお墓参り。丹後でWi-Fiが使えるところを検索すると・・・
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最近、スリープボタンの反応が悪くなったので、修理に出すことにしました。Appleのサイトから修理を申し込んだところ、一年間の無償保守期間なので費用はかからないとの事でした。
その際に指定した日時にヤマト運輸さんが機器を引取りに来られ、専用の箱に梱包して発送しました。
さてさてこれから一週間、iPhone無し生活に耐えなければなりません^^;
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社伝では、古くから旧交野郡の鎮守神として崇敬され、延喜式に記載されている交野郡二座のうちの一座です。
天正11年(1583)、豊臣秀吉が大坂城築城に際して、鬼門鎮護の社と定めたそうです。
現在の本殿は、残されている棟札によると、慶長7年(1602)豊臣秀頼が片桐且元を総奉行に再建したものです。細部にいたるまで桃山時代の華麗な様式をよく示しており、国指定の重要文化財に指定されています。
【片埜神社石造燈籠(府指定文化財)】
鎌倉時代に作成され、高さは約2mあり宝珠の下にある請花の部分がなくなっている以外はほぼ原型のまま遺存しています。神社に寺院の燈籠があるのは、もとこの地に神宮寺があったためと考えられています。
【片埜神社東門(府指定文化財)】
平安・鎌倉時代の総門や大邸宅の表門に用いられた棟門と呼ばれる工法の門です。構造上、地震や台風などで倒れる危険があり、現存するものは少ないそうです。
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阪急バスの「桑の原橋」バス停近くに武士(もののふ)自然歩道の入口があります。そこから急な山道を登ること約5分で、大きな朱塗りの鳥居に到着です。
残念ながら、境内だったと思われるところには今は荒れ果てて建造物は何もありませんが、よく見ると以前は井戸だったと思われる石組みや、明らかに人手で作られたと思われる土塀跡のようなものが見受けられます。
さらに先に進むと、小さな祠が祀られており、その横には「稲月大神旧跡 昭和七年」と書かれた石碑が建てられています。昔はこのあたりに本殿があったのかもしれませんね。
その祠の横をさらに武士自然歩道が続き、阿武山古墳から阿武山山頂、さらには萩谷月見台へと続きます。
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