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2011年10月19日 (水曜日)

藤の里 大道法師の碑(だいどうほうしのひ)

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土地の人にも殆ど知られていませんが、昔から天川ではここに足を踏み入れると祟りがあると信じられて来ました。
 
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この大道法師の石塚には二つの説があり、郷土史家天坊幸彦氏の説は「山口県には大道寺というキリシタン寺院があり大道法師とはバテレン(神父)のことではないか。足跡とは昇天した場所である。」というもの。もう一つの説は柳田邦男氏の説で、ダイダラボウシ説「ダイダラボウシは、東北・関東から近畿・九州にかけて足跡を残した巨人で、治山・治水の名手、一夜にして山を築き、池を掘り、川をつくるウルトラマン。檜尾川や淀川の切り開きも朝飯前のことでしょう」
 
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だいだらぼっち説は日本各地にあり、東京都北区豊島地区に伝わる話を紹介しましょう。

大道法師(だいだらぼっち)「豊島」
豊島の「天狗の鼻」と呼ばれるところは、隅田川が蛇行して土地がちょうど天狗の鼻のように大きく突き出ているのでこう呼ばれています。今でも、地図にはそのまま残っており、区界となっている所なのでよくわかります。
その天狗の鼻の先のほうに昔、「だいだらぼっちの塚」と呼ばれた塚があったそうです。またこの塚は「稲荷塚」とも呼ばれていたそうですが。「だいだらぼっち」と呼ばれる伝説の大男の足についた泥が落ちて、それがこの塚だといわれています。
「だいだらぼっち」「だいだらぼっち」「だいだらほうし」などという巨人の伝説は、日本中に残っていますが、これらは英雄を伝説化したものだといわれています。
天狗の鼻のような、川の流れが変わってできた低い土地に、高く築きあげられた塚があったことから生まれた伝説でしょうが、この英雄は誰だったのでしょうか、今では全くわかりません。
そばにあった小さな塚をならした人が病気で寝込んでしまったことから「だいだらぼっちの塚」には鍬を入れると「たたり」があるということで、誰も手をつけないまま、畑のなかに明治の初めまで残っていたことがわかっています。この塚を誰がたいらにならしたのかわかりませんが、豊島五丁目団地の高層住宅が建ち並んでいる土地にも、こんな伝説があったのです。

 
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