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2011年7月17日 (日曜日)

史跡 能因法師墳(のういんほうしふん)

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能因法師墳へは、京都大学付属農場 古曽部温室とライオンズマンションの間を入っていきます。
 
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温室を越え住宅地に入って一つ目の道の右手奥のこの石碑が目印です。左手の細い道をひたすらまっすぐ行くと到着します。
 
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能因塚の名で親しまれる能因法師墳は、東西16m、南北25m、高さ1.8mの小墳丘で、平安時代中期の歌人、能因法師の墓と伝えられています。
 
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能因法師は、本名を橘永愷(たちばなのながやす)といい永延2年(988)長門守橘元愷の子として生まれました。
 
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女流歌人伊勢の作風を慕いつつ、当時の第一人者藤原長能に歌道を学び作歌に励んだといいます。
 
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墳墓正面の碑は、慶安3年(1650)、高槻城主永井直清が建立しました。碑文は儒学者の林羅山によるもので、周辺には能因法師の吟稿を埋めたと伝えられる文塚や、名水の井戸として名高かった不老水、花の井があります。

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